母さどちゃん、認知症かも?と思っていたらその後胃がん末期が判明

母79歳1人暮らし。1年前くらいから、な~んかおかしいな~と思っていましたが、先日ものわすれ外来を受診しました。これからどうなっていくんだろう?

胃がんだった

母は胃がんでした

大腸にいくつかポリープもあるけどそれはたいしたことないらしく

組織を取ったので来週確定するということで確実ではないけれど

たぶん手術もできないだろうと・・

母には、なんとかそこまでは話さないでほしい、とお願いして母も一緒に

結果を聞くことになりました。

母には、胃に腫瘍ができていたから、それが良性か悪性か調べますねーというような

説明だったけど、悪性の可能性が高いとかもうガンですよーというような話しぶりに

私はハラハラ・・・

もし悪性だったら(悪性って言ってるじゃん)、転移があるかどうか来週CTを取りましょうということで検査の予約をして帰ってきました

母は『悪性腫瘍』というのが『がん』とは結び付かないようでしたが

「がん」とは認めたくない?のか「胃が悪かったなんてねぇ~、今までそんなことなかったのに、信じられない!」と何回も言ってた

全然症状なく、今まで通りの生活をしているから私の方がビックリだわ!!

 

 

義母のがん発覚、入院、そしてお別れ。そのあと・・・

3月に義母が大腸がんとわかり、即入院、1ヵ月の入院生活の末、転院の途中で亡くなってしまいました。

お通夜、告別式を終え、5月末に同居人の入院、6月に手術、入院生活が続き、身体も、精神的にもクタクタ。

8月に息子1が留学から帰国して、やっとnew3人家族の生活も落ち着いてきたころ…

母が貧血からの検便で、便に血が混じっていたということで、胃カメラと大腸検査をすることに。私は久々の高松でゆっくり保養していたんだけど、11月の始めに、M病院で検査をすることになり、検査日に合わせて急遽帰ってくることに。

検査当日、言われた時間にあわせて大量の下剤と水を飲まないといけなくて、母はずーっと文句、文句文句~

でもだんだんお腹が下ってきて、トイレに間に合わなくてパンツだけなくズボンも靴下まで濡らしてしまった。優しい看護士さんが車椅子用の個室を貸してくれて、下剤を乗せるテーブルも入れてくれたので、母はそこにこもりきりになって、便座に腰掛けながら下剤を飲むというギャグみたいなことに…

便の色が白くならないと検査はできないので、出たら看護士さんを呼んで確認してもらうんだけど、患者さん10人ぐらいが入れ替わり立ち代わりトイレに行ってナースコールを押すので、ひっきりなしにピンポンピンポンという音と看護士さんと患者さんがトイレを行き来してちょっと笑える状況になった。

私は個室を出たり入ったりしてたけど、母がパンツを降ろしそうになってあわててトイレを出るなどしてやっと便の色が白くなってOKがでました。

最初大腸検査で、検査着に着替えていってらっしゃい~

戻ってきて今度は胃カメラ、鼻からやる方がラクだと聞いて鼻からにしたんだけど、

母は鼻が低くて鼻の穴が小さく、準備で麻酔薬を入れるのもなかなかできなくてコワい看護士さんに怒られてた。この人だけがコワい人だったけど、なぜか胃カメラの時担当みたいになっちゃって、気の毒だったなー。

母が胃カメラをやっている間に、看護師さんに『もしがんだったら母には伏せておいてほしい』という事を先生に伝えてもらおうとコワい看護士さんじゃない人にお願いしてたら、先生が見当たらないと言ってたけど少したって先生に呼ばれた。

先生は、30~40代前半ぐらいの男の先生で声がバカでかかった・・・

本人に病状を伏せるというのはできない、本人とご家族に違う説明はできない、とバカでかい声でいうのでそこをなんとか、と食い下がってとりあえず先に結果を教えてもらう。

先生は、母の胃の画像をみせてくれながら、「99%、胃がんです。だいぶ進行しています。」とバカでかい声で言った。

 

 

 

 

要介護1 いただきました!!

前回記事をアップしてから、だいぶたってしまいましたが、面談もハラハラどきどきの中無事終わり、介護認定を待っていたら・・・

『要支援1』あーよかった、要支援とれたね~と母と喜んでいたのよね

で、数日後「あれ?これ 要介護1 じゃね!?」と気づいた

まったくもって見間違えていたんですよ、まさか要介護だとは思ってなくて。母に伝えたら母はさーっと不機嫌になって「なんで要介護なの?ワタシって介護されないといけないの!?」とおかんむり。

ええ?そこ怒るとこなん??

「まあまあ、そういう訳じゃないけど、取れてよかったじゃん、今厳しくなってるっていうし」とかてきとーにごまごま。でも母のブツブツは収まらず。

いやー驚いたわ~

認知症アピールがきいたのかなー

でも母のこの様子じゃサービス使う道のりは遠そう・・・

今まで行ってた『いきいき』に行けなくなっちゃったからそのこともすんごい恨んでるし…しばらくは話題にだすのは避けようっと。

 ものわすれ外来 初診です 続き

診察室に呼ばれて入ったら、センセーは若い女医さんでパソコンから目を離さず

ワタシが問診票に書いた『もの忘れがひどく、なんたらかんたら』という文章を打ち込んでいた。

センセ「ものわすれがひどいのね、介護認定は受けてますか?」

ワタシ「いえ、1回とったんですけど、更新しなくて(母がなんも使わないんだからもういらないと頑なに更新を拒否ったため失効←とはセンセには言わなかったですけど)」

センセ「あらー、じゃあ早めにとってくださいね!」

母「私も取りたいんですけどなんちゃら~」ワタシ心の声(ええ!??アナタがやめたいってあんなに言って更新しなかったのに????)

ワタシ「えっ、でも前人口股関節のことで取れたけど、もう今は通っていないしかかりつけのセンセイもいないしどうすれば・・」とごにょごにょしてたら

センセ「申請して病院の名前を書いて云々~」(でんでんではないよ)

ワタシ「え~どこの病院の名前を・・・」センセと看護師さんになぜかさえぎられる

センセ「じゃあテストとMRIを撮るので、日にちいつがいいですか?」

ワタシ心の声【えっ??普段の様子も何も聞かないでいきなりMRIなの!?】

ワタシ「え、あ、検査、ですか??」

センセ「一番早くて〇〇日ですが、どうですか?」

ワタシ「おかーさん、用事ある?」

母(やっと出番)「うーん、〇曜日はダメなの~」

このあと何回も〇日は?その日はナントカがあって~〇日は??うーん

というやり取りの後、予約日は2/28になり、「ありがとうございました~」と

2人で退室。

ワタシは「えええ?何も聞かないでいきなりMRIってアリなの??」とモヤモヤ。

母は「今日で終わりだと思ったのにまた来るのぉー」と不満げ。でも、「介護保険(認定のこと)があれば、施設に入れるんでしょ、デイサービスにも行けるんだよね!?」と介護認定に前向きな発言。

ワタシは(今日でオワリって今日初めて来たのに?)と思いながら、介護認定をおかーさんが取る気になった今を逃してはダメだ!と「今日早く終わったからこれから申請にいこうか!」と火をつける~(ぼっぼっ)母「うん、いいよ」

あらーそうきたら役所に電話しモノを確認したらハンコがいると。

「おかーさん、ハンコ持ってる?」「持ってない」オーマイガー

イヤイヤ、はんこなんて百均で買えばええやん

とバスに乗ったんですけど・・・母が「今日三越に行こうと思ってたのに…」

(ヤバい、ハンコがなかったから急にテンションダダ下がった!!)

ワタシ「そっか、じゃあ私だけ行ってきて家に送ってもらうから三越行って帰ってね~」

母「そおお?悪いねぇ~」(言ってるだけなのがミエミエよ~)

ということで私だけ役所に行ったのですが、窓口の人がイイ人で母の自筆もハンコもなく申請受け付けてくれました!ありがたや~ありがたや~

面談の日を後日連絡くれるということで、晴れやか~に役所をあとにしたワタシ・・・

だったんですけどね~~

ものわすれ外来 初診です

 

昨年12月に電話して予約したK病院「ものわすれ外来」。なかなか予約が空いてなくて、1ヵ月半待ちだった。実家からはバス1本で来れるので、母とは病院のロビーで待ち合わせ。お昼までかかるかなーと思って駅ナカコッペパンを買っていった。母には『黒豆きなこ』をチョイス。

母は先に着いていて、ワタシが声をかけたらまた「あー!びっくりした」って、待ち合わせしてるのにびっくりしすぎだから!

問診票は「今困っていることはなんですか?」と書いてあるので、本人は困ってないのでこれ家族が書いていいですか?と受付でこっそり書いてベンチに戻ると「何書いてたの!?」とちとイラついた様子。さらっと流して待合いに。

『ものわすれ外来』という表記はなくて、壁の外来担当表には『神経内科』に予約したセンセイのお名前が入っていた。

母は気づいてなかったけど、「なんで今日ここの病院に来たの?」とまた聞くので、「もの忘れが多いから、頭の中に病気がないか調べてもらうんだよー」と言ったら「ふうん」とけげんな顔をしてたけど。少ししたら看護師さんに呼ばれて、看護師さんを真ん中に机に向かって座って、母は簡単な質問のプリント、私は母の状態などを書く用紙を渡されてしばし記入。

ちゃきちゃきっとしたベテランショートヘア―の看護師さんに、「困っていることにチョンってしてね」と言われて数行の質問にチェックするように言われた母。「うーん、そうねえ・・」とプリントを見て、チェックしたのは一か所だけ!?

・このごろ人の名前がでてこない

・モノをしまったところを忘れる

・お金の計算が面倒になったとかとかとかよ。ほとんど全部じゃないの?1個だけかーい!!

その下にイラストが3個書いてあって名前を書くんだけど、栓抜きのイラストに(スパナ)って書いてたよ。看護師さんが「これ、絵が悪いよね~栓抜きに見えよね~」とフォローしてくれたけど、スパナ??って名称が出てきたことに驚いたわー。

他の絵は『ラクダ』とあとひとつはできていた。イラストがなんだったか思い出せない~(・・;)ワタシもヤバいか??

それから看護師さんがワタシと話していると母が「大変なお仕事ですよねぇ、こーやって1人づつ話聞いて書き取って・・」とかどーでもいいことを話しかけてきて話が中断、ワタシがかまわず看護師さんと話続けてたらなぜか天井あたりを見ながら親指と人差し指をあわせてトントントン、みたいにリズムをとっている・・・なんなん?ちょっとコワかったわー

このあと診察に呼ばれます。長いからコーヒー飲んで休憩~☕

 

さどちゃん、大学病院の眼科の日

母は2年前くらいから左目が『網膜静脈閉塞症』という病気になってしまって、月に1回ほど電車とバスで大学病院に通っています。いつも姉かワタシが付き添って行っていますが、目の血管がむくんできてしまうと目に注射をしないといけないので、それが大変なんですよね~

注射の前と後3日間目薬を差して、注射の次の日と1週間後は近隣の眼科で経過をチェックしてもらいに行かないといけないんです。

今回は姉が昨日から泊まってくれて、昨日メールでやりとりしていたんですけど、この間ものわすれ外来に行ったときに、センセーに『介護認定とってないんですか?早く取ってくださいね!』と言われ、ワタシが役所に申請に行ったことをすっかり忘れたのかなんなのか、今度面談に来る日を昼間電話した時は「わかりました、ありがとうございましたー」(いつもこの心のない形だけの言葉を発するのがお決まり)って言ってたのに、姉には「なんで介護認定なんて取るんだろう」「やだよ、面談なんて」などなど

ぐちぐちぐちぐちぐちぐち言っていたそう。

は?おかーさん、あの時「そうだよ、おかーさん早く欲しいと思ってたの」「それがないと施設に入れないんでしょ?あればデイサービスにも行けるんだよね??」ってあんなに積極的だったアナタは何処へ??

姉からは「さどちゃんが自分から認定したいなんていう訳ないよ」とまるでワタシが勝手に申請したよーな犯人扱いなメールが来るし。

これって認知症なの?それともただのワガママなん?わからない~とイライラもんもんな昨夜でございました~。

 

母のプロフィール

 実母79歳、子どもは姉とワタシ2人姉妹。(姉とワタシは四つ違いの2人とも50代です)

夫(ワタシたち姉妹のおとーさん)は2011年4月に、地域のいきいきセンターのカラオケ中に倒れ、そのままあの世に逝ってしまい(76歳でした)突然の一人暮らしが始まりました。

母は片付け魔で家はいつでもモノは散らかったりしておらずピッカピカ。

お料理あまり得意ではなく、同じものをルーティンですが自分では料理上手だと思っている。

父が亡くなる前は、父の言うことなすこと気に入らなくて1日中口喧嘩をしていたが、亡くなってからは自分の世界を満喫し、日々脳トレやらグラウンドゴルフやらナントカ教室、といった市の主催する格安な習い事に勤しんでおります。

 ※タイトルの『さどちゃん』は、母が田舎の兄姉や親戚に呼ばれるときの名前です。茨    城弁なので、アクセントは低め一本調子で読んでみてください。